在宅勤務者の就業管理リスク

新型コロナ禍以降、在宅勤務は企業にとって不可欠な働き方の一つとなりました。しかし、自宅というオフィス外の環境で働く従業員には、労働時間管理・安全配慮・情報セキュリティ・メンタルヘルスといった多様なリスクが潜んでいます。今回は、在宅勤務導入企業が留意すべき主要リスクとその対策を解説します。

1 労働時間管理と時間外労働リスク

在宅勤務では「出社退社」の区切りが曖昧になりやすく、始業・終業時刻の記録漏れや、無断で業務を継続するケースが増えます。労働基準法では労働時間・休憩・休日の確保が義務付けられており、時間外労働には36協定に基づく事前申請と割増賃金の支払いが必要です。在宅勤務者が自己申告するだけでは正確な管理が難しく、未払い残業や過重労働の温床となる恐れがあります。

対策の例としては、次のようなものがあります。
・勤怠管理システムの導入と自己申告に加え、PCログやネットワーク接続ログで客観的に労働時間を把握
・上長による定期的な労働時間レビューと承認プロセス
・超過勤務抑制のための「コアタイム」設定や、1か月単位の変形労働時間制の導入

2 安全配慮義務と労働災害リスク

労働契約法第5条に基づく使用者の安全配慮義務は在宅勤務にも及びます。しかし、自宅の労働環境(机・椅子の高さ、照明、ケーブル配線など)は企業が直接管理できず、腰痛や手首痛、目の疲れ、家庭内トラブルによる精神的ストレスなどを招きやすい状況にあります。また、通勤途上の災害は労災保険でカバーされますが、自宅での業務中発生した事故は「業務上」と認められなければ労災認定されません。

対策の例としては、次のようなものがあります。
・在宅勤務ガイドラインで推奨する作業環境基準を示し、従業員に自己申告による「在宅勤務環境申告書」を提出させる
・オンラインでの健康相談窓口やストレッチ・休憩リマインダー機能のあるツール導入
・労働災害発生時の報告フローの明文化と迅速な対応マニュアル

3 情報セキュリティと機密情報漏洩リスク

自宅のネットワークは企業内ネットワークに比べてセキュリティが脆弱な場合が多く、重要データの取り扱いに細心の注意が必要です。家族との共用PCや無線LANの暗号化なし利用は、ウイルス感染や情報漏洩の原因となります。また、紙の文書やメモを自宅で不用意に保管・廃棄すると、外部流出の危険もあります。

対策の例としては、次のようなものがあります。

・業務専用PC・モバイル端末を貸与し、リモートワイプ・強制暗号化・二要素認証を義務付け
・VPNやゼロトラストネットワークでアクセス制御を強化
・機密文書の自宅保管禁止、シュレッダー回収サービスの手配

4 コミュニケーション不足とハラスメントリスク

在宅勤務では、顔を合わせないコミュニケーションが続くことで、業務指示の伝達ミスや評価の不透明感が生じやすくなります。これに伴い、メール・チャットの行き違いからパワハラ・セクハラ的な一言が誤解を生むリスクも増加します。また、孤立感からメンタル不調を訴えにくくなる従業員も少なくありません。

対策の例としては、次のようなものがあります。
・定期的なオンライン面談やチームミーティングで業務進捗・悩みを共有
・ハラスメント防止研修をオンラインで実施し、相談窓口を明示
・オンライン上の相談チャットやメンタルヘルスチェックツールを活用

5 プライバシーと労働者の権利尊重

自宅勤務中の映像会議で背景が映り込むことで、従業員の私生活や家族構成が不用意に公表される場合があります。個人情報保護やプライバシーの観点から、従業員の同意なしに映像を録画・共有することはトラブルの元です。

対策の例としては、次のようなものがあります。
・Web会議の録画は原則禁止、必要時は事前同意・秘密保持契約を締結
・プライバシー保護のため、バーチャル背景利用を推奨

6 就業規則・就業管理体制の整備

在宅勤務を導入する場合、就業規則や人事諸規程への明確な規定追加が必要です。「在宅勤務手当」「自宅労災補償」「勤務時間管理方法」「通信費・光熱費補助」「環境整備支援」などを条文化し、従業員に周知徹底することで不満や混乱を防げます。

在宅勤務は従業員の柔軟性や業務継続性を高める一方で、労働時間管理・安全配慮・情報セキュリティ・メンタルヘルス・プライバシー保護など多岐にわたるリスクが顕在化します。これらを放置すると法令違反や損害賠償リスク、従業員とのトラブルに発展する恐れがあります。

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