金型の無償保管は下請法違反か―トヨタ事案から学ぶ

2025年10月、公正取引委員会がトヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)に対して下請法違反の勧告を出しました。完成車メーカーが金型の無償保管で勧告されたのは初めてのことです。本件では、下請事業者12社に対して部品製造の金型などを無償で保管させ、不当に下請事業者の利益を害したと認定されました。金型の保管費用としておよそ941万円(金型保管費577万5,693円、部品保管費363万9,644円等の合計)の支払いがなされています。
金型をめぐる取引は製造業では日常的なものですが、今回の勧告はその当たり前の慣行に一石を投じる出来事となりました。
違反の法的根拠
下請法第4条第2項第3号は、親事業者による「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」を定めています。親事業者が自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることにより、下請事業者の利益を不当に害することが禁止されているのです。
トヨタ東日本の事案では、長期間にわたり部品の発注を行っていないにもかかわらず、自社所有の金型を下請事業者に無償で保管させていました。保管スペースの確保や棚卸しといった作業負担が生じていたため、これが下請法違反と判断されたのです。
勧告事例の増加傾向
実は、金型の無償保管に関する勧告はここ数年で急増しています。
2024年7月には、同じトヨタグループのトヨタカスタマイジング&ディベロップメント(TCD)が下請法違反で勧告されています。同社は下請事業者に664個の金型を無償で保管させており、廃棄された金型が108個に上りました。
令和6年度だけで12件の勧告が出ており、そのうち5件が金型などの無償保管に関するものです。さらに日産の子会社なども同様の違反で勧告を受けています。
公正取引委員会がこの問題を重点的に監視していることは明らかです。
トヨタ事案の特筆すべき点
今回の勧告で注目すべきは、違反行為が「親会社トヨタ自動車の発注マニュアル」に起因していたと認定された点です。
これを受け、公取委はトヨタ本体に対しても改善を求める申し入れを行いました。グループ全体のコンプライアンス体制が問われた事案と言えるでしょう。
また、同社では金型のほかに、量産終了後の部品も下請事業者に無償で保管させていました。生産完了後、下請事業者から廃棄の希望を伝えられていたにもかかわらず、速やかに受領されなかったケースもあります。慣行的な保管の延長が問題化した格好です。
親事業者が注意すべき点
金型の保管そのものが直ちに違反となるわけではありません。現在進行中の下請取引において金型の保管を求めることは基本的に許容されます。しかし以下の場合は注意が必要です。
第一に、当該金型を用いた製品の発注を長期間行わない場合です。補給品用の金型であれば話は別ですが、新規発注の見込みがないまま保管させ続けるのは危険です。
第二に、下請事業者から廃棄希望を伝えられているのに、なお保管を強いる場合です。この場合、下請事業者の廃棄の自由を奪うことになり、不当な拘束と評価されかねません。
第三に、棚卸し作業を定期的に下請事業者に実施させている場合です。これも実質的な役務提供に相当し、無償では許容されません。
違反を回避するための実務的対応
親事業者としては、以下の対応が有効です。
最初に、金型の所有権を明確にしておくことが重要です。契約書に明記し、曖昧さを排除します。
次に、金型の保管に関する明確なルールを書面で定めることです。トヨタ東日本も今回の勧告を受けて下請事業者との間で「覚書」を締結し、金型等の保管に関する取扱いを明確化しています。こうした事前ルール作りが重要です。
最後に、発注がない期間が一定期間に達した場合の取扱いを事前に決めておくことも効果的です。例えば、「最後の発注から1年間発注がない場合には、親事業者が受領するか、下請事業者に廃棄を許可する」などの定めを設けておくとトラブルを防げます。
もし下請事業者に保管費用の負担を求めるのであれば、適正な保管料を別途支払うことが重要です。見積書を徴取し、金額の根拠を明確にしておくとより安全です。
今後の対応について
下請法における金型保管に関する公正取引委員会の厳格な態度は、今後も継続することが予想されます。トヨタという大手メーカーまでもが勧告されたことは、業界全体に対する明確な警鐘といってよいでしょう。
親事業者は、発注マニュアルや下請契約書の見直しを急ぎ、下請事業者との健全な関係を維持することを強くお勧めします。
