雇用契約書を英語併記する際の注意点

グローバル化が進む昨今、外国人労働者の採用や海外拠点との人事交流に伴い、雇用契約書を日本語と英語の両言語で作成・併記する企業が増えています。英語併記は採用エリアの拡大やトラブル防止に有効ですが、翻訳の不備や条項の不一致が企業リスクを高める場合もあります。ここでは、英語併記雇用契約書を作成・運用する際のポイントと注意点を解説します。
1 正確な翻訳と法的同等性の担保
日本法の雇用契約書を英訳する際、単なる逐語訳ではなく、法律用語のニュアンスまで正確に反映する必要があります。たとえば、日本語の「解雇予告手当」や「労働時間」に対応する英語用語は “Payment in lieu of notice” や “working hours” など一見簡単ですが、適用範囲や計算方法が異なる場合もあります。
翻訳を委託する際は、労働法や雇用実務に精通した専門家によるダブルチェック体制を整え、両言語版の条文が内容的に完全に一致するよう校閲・検証を行いましょう。
2 準拠法と紛争解決の明示
多言語契約では、万一の解釈対立時にどちらの条文を優先するかを明記しておくことが重要です。「本契約は日本法に準拠し、日本語文を正本とする」とするか、あるいは「英語版を正本とする」とするかを明確に定め、両者の相違が生じた場合の解釈方法を記載します。また、紛争解決手段として、東京地方裁判所の専属的合意管轄や仲裁機関の指定など、具体的な解決手続を併記しておくことが安心です。
3 必須記載事項の網羅
雇用契約書には、労働基準法で規定された「労働条件の明示事項」(労働時間、賃金、休暇など)を必ず網羅しなければなりません。英語併記版では、たとえば “Working Hours” “Wages” “Annual Paid Leave” など、項目名だけでなく内容説明も正確に併記し、労働者が誤解しないように配慮します。
特に賃金に関しては、賃金形態(基本給、時間外手当、通勤手当など)の英語訳だけでなく、支払日や計算方法、通貨単位を明示し、混乱を避けることが求められます。
4 個別条項の扱いと文化的配慮
契約書には職務範囲や守秘義務、競業避止義務など企業独自の条項を盛り込むことがありますが、日本的な慣行や行政通達に基づく義務と欧米的な契約概念は必ずしも一致しません。たとえば、競業避止義務は日本法では無効となるケースがある一方、英米法圏では通常の契約条項とされる場合もあります。労働者が就業する拠点の法令・裁判実務を踏まえ、個別条項の適法性を確認するとともに、英訳時には「This clause shall be enforceable to the maximum extent permitted under the applicable law」など、現地法に照らした効果制限を盛り込む方法も検討しましょう。
5 従業員理解の促進と説明体制
日本語版と英語版の両方を提示しても、英語に不慣れな従業員や法的専門知識のない従業員は条文を正しく理解できない恐れがあります。契約締結前に労働条件説明会や個別面談を実施し、契約書の要点をわかりやすく説明するとともに、質問を受け付ける体制を整えることが信頼関係の構築につながります。説明記録を残すことで後日のトラブル予防にもなります。
6 文書管理と原本性の確保
紙の日本語原本だけでなく、英語版も正式な原本として管理し、署名・押印または電子署名の方式を統一します。電子契約システムを利用する場合は、電子署名の法的効力を担保するために「電子署名法」に基づく認定事業者を利用し、両言語版ともタイムスタンプ付きで保管する方法が安全です。原本が複数言語にまたがる場合の真正性をどう確保するかを社内規程で定めましょう。
英語併記の雇用契約書は、単なる多言語化ではなく、法的安定性と従業員理解を両立させるための慎重な設計が必要です。不備や齟齬があると、労働紛争の原因となり得ます。当事務所では、雇用契約書の日英両言語版作成支援、条文整合性確認、説明会運営サポートまでワンストップでご支援いたします。海外人材との安心・安定した雇用関係の構築にぜひお役立てください。